葛飾区庁舎移転問題の実態と住民訴訟
2025.07.20
目次
再開発と庁舎移転に潜む構造問題を読み解く
導入:なぜ葛飾区庁舎移転問題が注目されるのか
- 葛飾区が進める立石駅北口の再開発において、庁舎の一部を再開発ビル内に移転する方針が進行している。しかしその取得価格は常識的な不動産取引の水準を超え、「区民の利益より再開発事業者側に偏った公共支出」として批判を招いている。
- 住民241名による監査請求、238名による住民訴訟、さらには議会での追及と報道の広がりを背景に、この問題は単なる地域の再開発問題にとどまらず、「行政の透明性」と「公金支出の正当性」という構造問題の象徴となっている。
- 本稿では、単なる事実列挙にとどまらず、なぜこのような構造が生まれ、制度的にどこが機能不全を起こしているのかを段階的に検証していく。
庁舎移転と再開発の構造的な歪み
- 葛飾区は、老朽化した区役所庁舎の更新にあたり、再開発事業者(立石駅北口市街地再開発組合)による東棟再開発ビルへの「部分移転」方式を選択した。これにより、3階部分の区有権利床を取得する代わりに、区役所全体を新築せずコストを抑制するとの名目が掲げられた。
- しかし現実には、取得床の価格は相場の2倍以上に設定されており、しかも再開発事業費自体も膨張している。一部試算では「400〜500億円規模」への拡大が議会質疑でも指摘された。
- つまり、区は「安上がりで合理的な移転」を主張しながら、再開発組合の事業スキームに組み込まれ、むしろ高額な支出を伴う構造に巻き込まれている。これは、地権者・事業者側に偏った意思決定構造を示唆している。
- 本来であれば、行政は区民全体の利益を代表し、透明な条件で不動産取得・行政機能配置を検討するべきである。しかし、葛飾区の決定プロセスには、住民意見の排除やコスト検証の欠如が見られた。
出典
不透明な財政評価と価格設定の矛盾
3階権利床の価格が示す公的資産評価のずれ
- 葛飾区が取得した東棟3階の区有床は、㎡あたり98万8千円という高額評価がなされた。これは同じ再開発ビル内の2階床(㎡45万2千円)の2倍以上に相当する。
- 一般的に、ビルの階層は上がるほど立地価値が下がる。とくに行政機関はバリアフリーアクセスや来庁者利便性を考慮し、1〜2階の利用が通常である。3階部分が最高価格という設定自体が、不動産評価として異例である。
- 住民側は、2階価格を基準とした場合、1,336㎡分に対して約7億1,610万円の過払いが発生したと主張している。この額が、そのまま住民訴訟の損害賠償額の根拠となっている。
- にもかかわらず、区は「正当な評価に基づく取得である」として合理性の再検証に応じていない。評価根拠の詳細な算定過程も、住民や議会に対して明らかにされていない。
見積公開の遅延と議会質問への不誠実な答弁
- 2024年6月の区議会一般質問で、共産党区議は「再開発事業全体の見積が400〜500億円に膨張している」と指摘し、組合が保有する試算根拠の公開を求めた。
- これに対し、区側は「8月に情報提供予定」と回答したが、それ以前の段階で庁舎移転・予算措置は進行しており、「事業費の全体像も示さずに財政決定したこと自体が不誠実」と強い批判を受けた。
- また、再開発事業における区の予算措置には予備費を活用していることが報じられており、「実際の総事業費を小さく見せて印象操作を行っているのでは」との疑念も生じている。
価格設定を正当化する根拠が示されない問題
- 通常、区が公共施設を整備・購入する際は「価格算定根拠書」や「不動産鑑定書」を添付するのが慣例である。しかし、葛飾区庁舎移転においてはこうした根拠資料が議会にも住民にも明示されていない。
- 特に本件では、「なぜ3階権利床がこの価格で決定されたのか」「誰が評価を下したのか」「どうして再検討が行われなかったのか」という3点の説明が不十分である。
- 情報公開制度に基づく開示請求でも詳細は出てきておらず、区の情報公開姿勢の不全が、構造的課題を浮き彫りにしている。
出典
住民意見と代替案の軽視が示す構造的無視
青戸平和公園案の排除と説明不足
- 住民からは、青戸平和公園への新庁舎建設を代替案として求める声が根強く存在した。現地は駅徒歩圏にあり、区有地として地代も不要。将来的な行政機能の一体化にも適していると評価されていた。
- 実際、住民有志グループが代案比較資料を公開し、青戸案の方がコスト・交通・災害リスクの点で優れていると分析。加えて、庁舎の建替は再開発の従属条件ではないことも示されていた。
- しかし、区は青戸案を「検討対象にしなかった」と答弁しており、その理由についても「再開発の機会を逃さないため」との一言で済ませている。
- 公的施設整備において、複数案の比較検討は法的にも行政計画上も基本事項である。それを行わなかったことは、政策決定過程における合理性と透明性の欠如を意味する。
住民アンケート結果の扱いと軽視
- 2023年〜24年にかけて実施された住民アンケートでは、「代案の再検討」や「コストの再評価を求める」意見が多数を占めた。
- 区は当該アンケートを「政策決定の参考」としつつも、実際の判断過程には反映せず、「区としての方針に変わりはない」とのスタンスを貫いた。
- この対応は「意見を聴くふりをして政策に活かさない」という形式的参加(パブコメ・アンケートの形骸化)に該当し、行政参加の本質的価値を損ねるものといえる。
議会の追及と行政答弁の応答不全
議会質疑での情報非公開と答弁の一貫性欠如
- 区議会では、共産党区議を中心に、再開発に関する事業費の増大、予算の透明性、住民参加のあり方が一貫して追及されてきた。
- 2024年6月の定例会では、「再開発組合の見積が古く、現実の工費高騰に対応していない」「見積額が400〜500億円に達する可能性を放置している」と指摘された。
- それに対し区側は、「8月に資料を開示予定」と答弁しながらも、当初予定の期日を過ぎても開示は限定的なものであった。答弁の履行が不徹底で、住民や議会の不信感を招いている。
- また、「なぜ3階の高額床を取得したのか」という問いに対しても、再三にわたって「組合からの提示価格」としか答えず、行政としての判断根拠が示されなかった。
選挙直前の進行と政治的なタイミング操作
- 庁舎移転計画の進行が、区議選直前に集中していたことも問題視された。見積額の未公開、代案の不採用、権利床価格の決定など、多くの核心情報が「選挙後」に先送りされていた。
- 議会では「選挙前に情報を伏せ、批判をかわした上で、選挙後に既成事実化を図るものだ」との指摘もあった。
- これは典型的な「政治的タイミング操作」であり、選挙による民主的コントロールを弱体化させるものと評価される。
出典
住民訴訟が問う行政責任と制度限界
訴訟の焦点は「高額取得の合理性」
- 住民238名が提起した住民訴訟の主たる争点は、「㎡98万8千円という価格で3階権利床を取得したことが、区民に不利益を与える財政行為だったかどうか」にある。
- 住民側は、2階床価格との価格差に基づき、約7億1,610万円の損害が生じたとし、「不動産価格の相場・行政会計の原則に照らしても説明不能な取引」であると主張している。
- 一方、区側は「損害の具体性が認定できない」「組合からの提案に基づくもので違法性はない」として、争う構えを見せている。
第3回公判の動向と区の応答姿勢
- 2025年1月に行われた第3回公判では、傍聴希望者が100名を超えて抽選となるなど、区民の関心が高まっている。
- しかし、区側は「訴訟になじまない事項」として正面からの議論を避け、弁護団側の論点提示に対し形式的反論に終始。住民側からは「訴訟戦術として議論を回避している」との批判もある。
- 次回第4回公判は2025年5月13日14:00、東京地裁103号法廷にて予定されている。今後は、工事費の物価スライドや補正予算への影響、将来的な区財政負担の可視化も焦点となる。
まとめ:庁舎移転問題が映す制度的病理
本件の本質は「構造の固定化」にある
- 葛飾区庁舎移転問題の最大の特徴は、「行政と開発事業者の利害が結合し、住民参加・議会審議が形式化されている」という構造にある。
- 再開発による地域活性を口実に、地元住民の声、財政的合理性、代替案検討という公共政策の基本が軽視されている。
- しかも、情報非公開、価格設定のブラックボックス化、選挙前後の操作的判断など、ガバナンスの根幹に関わる問題が重なっている。
政治と広告に通じる「印象操作型行政」
- 区が「再開発で街が変わる」「利便性が向上する」などのイメージを打ち出し続ける一方で、その背後にある費用、代替可能性、住民意見の扱いは伏せられている。
- これは、政治において広告的手法――すなわち「ビジュアルと雰囲気による説得」を優先し、検証や比較可能性を阻む流れに他ならない。
- 本件は「見せかけの再開発」ではなく、「制度が機能しない行政運営」がその根本にある。ピッピとしては、このような構造を広く伝え、正当な行政チェック機能の再建が求められると考える。
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